介護職を辞めたいけど踏み出せないあなたへ
介護職で働いていて、「辞めたいけどやめられない」「何をしたいかも分からない」。そんな悩みを抱えているあなたへ。
私は現在34歳で、介護を8年、工場を8年経験しました。介護から工場へ転職したとき、年収は140万円下がりました。でも、今は「転職して本当に良かった」と心から思っています。
この記事では、私が介護を辞めた理由と、転職して得たものをすべてお話しします。同じように悩んでいるあなたの背中を押せたら嬉しいです。
私が介護職を8年続けた理由
私は高卒で介護の世界に入りました。お年寄りが好きだったわけではありません。高校の担任から「向いてると思うからやってみたら?」と言われて、深く考えずに面接を受けました。
配属されたのは特別養護老人ホーム。平均介護度4.5で、ほとんどが寝たきりの方ばかりでした。おむつ交換や汚物処理には抵抗がないタイプだったので、現場にはすぐ馴染めました。
幸いなことに利用者の方々に可愛がってもらえて、入社半年で夜勤デビュー。夜勤は1回8,000円の手当が付いたので、一人暮らしの私には欠かせない収入源でした。
実務経験3年で介護福祉士の国家試験を受験。正直ノー勉強でしたが、普段の仕事を思い出しながら解いたら1発合格しました。利用者からも「介護が上手い」「声かけが優しい」と褒められていたので、自信はありました。
資格を取ると月1万円の手当が付き、ユニットリーダーに昇進。最終的には手取り28万円、ボーナス年2回で各40万円、退職金は100万円でした。数字だけ見れば悪くない待遇でした。
介護職で限界を感じた3つの瞬間
でも、リーダーになってから、おかしくなっていきました。
1. 無駄な会議と現場無視の経営
今までは利用者と向き合うだけで良かったのに、会議が増えました。しかもその内容は、現場の意見を無視して満床率を上げるための無理な経営方針ばかり。人手不足なのに、どんどん新しい利用者を受け入れる。現場は疲弊していきました。
2. 月2日しかない本当の休み
勤務体系はこんな感じでした。
- 早番 7:30-16:30
- 日勤 9:00-18:00
- 遅番 10:00-19:00
- 準夜勤 15:00-0:00
- 深夜勤 0:00-9:00
深夜勤前の切り替えは公休を使われるし、会議の日は休日出勤。ゴールデンウィークも年末年始も関係なし。本物の休みは月に2日あるかないかでした。
3. サービス残業が当たり前の雰囲気
人手不足だからサービス残業は日常茶飯事。でも、残業代を付けるのは悪、という雰囲気がありました。仲の良かった後輩も次々と辞めていき、私も「このままじゃダメだ」と思い始めました。
転職を決意してから実際に動くまで
正直、介護しかしたことがなかったので、世の中にどんな仕事があるのか分かりませんでした。数年間続いた不規則な生活で、明らかに判断力も落ちていました。考えるには睡眠と栄養が本当に大切です。
転職エージェントにも登録しましたが、担当者と話しても「自分は何がやりたいのか」がしっくりきませんでした。結局、友人が働いている工場を紹介してもらい、そこに転職することにしました。
工場転職で年収140万円ダウンした結果
転職先は繊維系の工場で、染色工程に配属されました。最初は契約社員で、手取りは16万円。介護の時より10万円も収入が落ちました。年収にすると約140万円のダウンです。
でも、得られたものは「時間」でした。
勤務時間は8:45-17:10。毎週土日は確実に休み。今までは仕事から次の仕事までの時間は家に帰って寝るだけだったのに、自由な時間がこんなにあるんだと感動しました。
無くなった収入以上に、私にとってこの時間こそが大切で幸せなことでした。平日の夜に友達と会える。土日に予定を立てられる。当たり前のことが、こんなにも貴重だったのかと気づきました。
未経験の工場で見つけた天職「色出し」
工場と聞くと、ベルトコンベアで部品を組み立てるイメージでした。でも実際は違いました。私が任された「色出し」という仕事は、目標の色を出すために染料と助剤の種類・量を自分の裁量で決めてレシピを作る作業でした。
これが意外にも、私にとって天職のような仕事だったのです。介護とは全く関係ないし、26歳で未経験だったので最初は苦労しました。でも3年働けば、どちらも一緒でした。
結果から言うと、私には工場の方が向いていました。精神と肉体をすり減らすことがありません。規則正しい生活で、考える余裕が生まれました。
介護8年と工場8年、両方やって分かったこと
今年で介護と工場の勤務歴が同じになります。思い出として強く残っているのは、やはり介護の世界です。二度と戻りたくはありませんが、良い経験だったと思います。
介護で得たものは3つあります。
1. 人生観の変化
目の前で亡くなる利用者を見て、「自分はどう生きたいのか」を真剣に考えるようになりました。
2. 強靭なメンタルと社畜耐性
過酷な勤務を経験したおかげで、多少のことでは動じないメンタルが身につきました。
3. 「もう社畜にはならない」という強い意志
あの働き方を二度と繰り返さないという決意が、今の私を支えています。
転職は、想像しているものと実際では大きく違います。でも、動いてみないと分かりません。
介護を辞めたいあなたへ伝えたい3つのこと
今、介護を辞めたいと思っているあなたへ。私から伝えたいことが3つあります。
1. まずは休んでください
睡眠不足とストレスが続いていると、まともな考えも生まれません。貯金があるなら、一旦思い切って辞めてから仕事を探すのも選択肢です。私は退職金100万円があったので、少し休んでから転職活動をしました。
2. 自分の人生は自分のもの
私も辞める時は「現場に迷惑がかかる」「利用者が悲しむ」と思っていました。でも、あなたの人生はあなたのものです。自分を優先することは、悪いことではありません。
ずっと頑張ったなら最後がぐらいわがままになっても良いんじゃないですか?
3. 転職は想像と違うことを知る
私も「工場=単純作業」だと思っていましたが、実際は創造性のある仕事に出会えました。動いてみないと分からないことは、たくさんあります。
まとめ:介護を辞めても人生は続く
介護から工場へ転職して、年収は140万円下がりました。でも、得られた時間と自由は、お金に代えられないものでした。
そして、現在の収入は手取り24万円、ボーナスで年80万円ぐらいが手取りです。
手取り月収は介護時代をまだ超えてませんが、使うお金が減ったのと自由な時間が増えたので満足してます。
もしあなたが今、介護の仕事で限界を感じているなら、まずは休むことを最優先にしてください。そして、少しずつ次のステップを考えましょう。
転職エージェントに相談するのもいいし、知り合いに紹介してもらうのもいいです。大切なのは、一歩踏み出す勇気です。
あなたの人生が、少しでも楽になりますように。
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